
※ この記事では、『Destiny』シリーズ全体の主要な設定と、キャンペーン「最終形態」、レイド「救済の境界」、最後のアクティビティ「切除」の結末に触れています。
完全に静止した世界
目撃者がトラベラー内部の「ペイルハート」で最終形態を実現し始めると、地球の風景は幾重もの断面に切り分けられ、一斉に動きを止めた。爆発も崩壊もなかった。ただ、手を伸ばしたり振り向いたりしていたすべての存在が、鮮明な姿のまま、その場に固定されただけだった。ほどなくトラベラーが元に戻したが、ガーディアンたちは、何もかもが固定され、二度と変わらない世界の終わりを目にした。
目撃者は、苦痛と喪失を永遠になくすには、変化の余地そのものを断たなければならないと考えた。目撃者にとって、最終形態は救済だった。もう何も失わず、誰も傷つかない世界。その代わり、そこでは何ひとつ次の瞬間へ進めない。
傷つかないために、次の瞬間そのものを手放してしまう。それは確かに恐ろしい。けれど、すべてが止まった静寂の中に、わずかな安らぎを求める気持ちまで、私には遠いものとは思えなかった。
永遠に死ぬことがないのに、もう一瞬さえ生きることのできない世界。その前で私は、静けさに留め置かれた風景を、何も言わずに見つめている。
答えない神
のちに目撃者となる文明は、砂漠でトラベラーを発見し、長い黄金時代を享受した。だが、まばゆい繁栄の中でも、自分たちが存在する理由だけは見つからなかった。絶えず何かを生み出す光の力は、確かに驚異だった。それでも、どこへ向かうでもなく広がり続ける可能性は、かえって虚しさばかりを残した。

答えを探し続けた彼らは、やがてトラベラーとつながるもう一つの存在、「ベイル」を発見した。そしてそれを通じて、意識や意味に関わる暗黒の力を知った。光が絶え間なく生み出す可能性を、一つの目的のもとに束ねるため、彼らはトラベラーとベイルをつなごうとした。
しかし、トラベラーはそれを拒んで去ってしまった。またしても、彼らの問いに答えは返ってこなかった。ついに彼らは、去った神の空白を自ら埋めることにした。無数の意識を一つに合わせ、そうして「目撃者」が生まれた。
その後、彼らが数多の星を渡り歩いてもたらした破壊は、確かに凄惨だった。だが、沈黙する宇宙にただ一つの意味を刻もうとした、あの執念まで、単なる悪意で片づけることは難しい。そこには、最後まで答えない神の沈黙に耐えられなかった弱さと、自ら宇宙の正解になろうとする傲慢さが絡み合っていた。
一つの声になった文明
目撃者は自らを「我々」と呼ぶ。頭上で揺れる煙の中に無数の顔が現れては消えるのを見ていると、一つの文明が丸ごと一つの精神になったという事実に、圧倒されるような崇高ささえ感じる。それは、完全な一体化に見えた。
けれど、ペイルハートの奥深くにある像から聞こえる「反対者」たちの声は、その継ぎ目のない一体感の陰で何が切り捨てられたのかを伝えてくる。彼らはかつて目撃者を構成していた無数の意識のうち、その意思に同意できず、抑え込まれ、切り離された者たちだった。

あらゆる命を救おうとする目撃者は、まず自らの内にある異なる声を抑え込んでいた。宇宙に許そうとしていたのも、自分が完全だと決めた、ただ一つの光景だった。
最終形態は、万物を同じ形に作り替えた世界ではない。別の形になれる可能性そのものを、永遠に閉ざした世界だ。
違うままで
目撃者の内側に最後まで残っていた反対者たちは、それを倒すための糸口になった。自分たちの像を壊せば、目撃者も傷つくのだと彼らは教えた。ガーディアンが光の剣を手に像を砕くと、完全な一つを名乗っていた巨大な意識に亀裂が走った。
レイド「救済の境界」で、六人のガーディアンは、目撃者が最終形態を完成させようとしている巨大な要塞へと踏み込んだ。内部の防衛線を突破し、頂上にたどり着いた彼らは、ついに目撃者と対峙した。倒しきることはできなかったが、目撃者が握り締めていたトラベラーの光を解き放つことには成功した。
続く最後の戦い「切除」には、十二人のガーディアンと連合軍が集まった。人類、ハウス・オブ・ライトのエリクスニー、カイアトルのカバル、サバスンのルーセントハイヴ。かつて互いを殺そうと銃口を向けていた者たちが、同じ敵を前に一つの場所に立っていた。
共に戦う中で信頼を育んできた者もいれば、今なお、その思惑を警戒しなければならない者もいた。理解や連帯といった滑らかな言葉だけでこの同盟を語るには、互いに流してきた血があまりにも多かった。それでも彼らは、銃口を同じ方向に向けた。

ガーディアンたちは、ペイルハートで得た「プリズム」によって、性質の異なる光と暗黒を共に引き出した。そこに集まった者たちも、それぞれの傷跡や違いを抱えたまま、共に戦った。最後の瞬間、ガーディアンたちはゴーストを通じて、トラベラーの光を目撃者へと注ぎ込んだ。そうして、互いに違うままでいた者たちが、あらゆる変化を止めようとした存在を倒した。
答えのない場所
2014年に発売された『Destiny』の冒頭で、ゴーストは旧ロシアのコスモドロームに打ち捨てられた車の間から、ガーディアンを蘇らせる。ガーディアンは、自分が誰なのか、なぜ蘇ったのかもわからないまま、廃墟の外へ歩き出す。
それから十年、光と暗黒が交錯する宇宙で、数多の神がそれぞれの真理を語り立てた。それでもトラベラーは、進む先を示してくれるような答えを、最後まで差し出さなかった。
「最終形態」は、その長い沈黙を説明してはくれない。代わりに描くのは、答えのない世界に耐えられず、自ら正解になろうとした目撃者の破滅だ。
ガーディアンが目撃者を倒して守ったのは、より優れた真理ではなく、まだ決まっていない明日だった。何が待っているのかわからず、選び間違えてまた傷つくかもしれない。それでも、生きていく方向を自分で決めなければならない時間。

最終形態のあとで
私は数年前、「最終形態」の結末を見届けて『Destiny』をやめた。長い旅を終えてタワーに戻ったときも、まだ装備集めは残っていた。けれど、また走り出したいとは思わなかった。しばらく広場を歩き回り、静かにゲームを終了した。
記憶の中のタワーの広場には、あの日の光と影がそのまま残っている。今はどれほど変わっていても、私が最後に見た景色は、あの日のままだ。

今すぐ戻る理由はない。だからといって、もう二度と戻らないと決めたわけでもない。いつかまたログインしたら、見慣れた広場を一回りして、何が変わったのか見てみるだろう。そのとき、どんな気持ちになるかはわからない。
タワーへ続く扉は、まだ閉じていない。
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