
書きかけの返信
はい承知しました。良い一日をお過ごしください。
返信を後回しにして、先に添付ファイルを開いた。知人からイベントの名簿整理を頼まれたところだった。今夜必要なので、時間がなければほかの人に頼む、と書き添えてあった。前回きれいに仕上げてもらったのでまた連絡した、という一言もあった。
名簿には同じ人が二回ずつ載っていた。名前だけのデータと電話番号まであるデータが混ざっていたので、番号のある方だけを残した。名前のあいだの妙な空白を消して、整理は終わった。それほど難しい作業でもなかった。
作業を終えて、私は書きかけの返信に戻った。

「はい承知しました。良い一日をお過ごしください。」
読んだ瞬間に背筋が伸びる文だった。頼みを聞いてあげる側のはずなのに、なぜか指示を受けた人みたいだった。私はその文をコピーしてGPTに聞いた。
「これ、硬すぎる?」
「少し事務的に感じるかもしれないね。最後にビックリマークをつけると柔らかくなるよ。『はい承知しました。良い一日をお過ごしください!』」
ビックリマークひとつで、私はずいぶん張り切った人になった。名簿の整理はしてあげられるけれど、ここまで嬉しい話でもなかった。
「はしゃぎすぎな気がする。」
「じゃあ『はい、了解です。良い一日をお過ごしください』はどう?」
私は「了解です」を口の中で転がしてみた。ソファに深くもたれたまま返すような返事だった。
「少し年配の方なんだよね。上司じゃないけど。」
「それなら『承知しました』のままにしておくのが無難だね。」
ちょっと出かけていた「承知しました」が戻ってきた。私はその前に読点を打って、また消した。モニターのエクセル画面では、相変わらず名前がひとつ青く選択されたままだった。
「丁寧なのはいいんだけど、言われるままに動く人みたいには見られたくない。」
「じゃあ、いつまでに何ができるかをはっきり書いて。自分の予定に合わせて手伝うって印象になるから。」
それには納得した。ファイルの最後までスクロールし、ところどころ空いている行を消した。合計すらなかったので、自分で人数を数えていちばん下に書き込んだ。
「今日の六時までならいけそう。」
「じゃあ、こう送るのが自然だよ。『はい、名簿を確認して六時までに整理してお送りします。』」
私はその文をコピーしてトーク画面に貼りつけた。そのまま送信ボタンを押そうとした指が、宙で止まった。
名簿の確認

名簿を確認。
私に確認できるのは、せいぜい同じ名前が二回入っていないかくらいだった。この人たちが本当にイベントに来るのか、電話番号が合っているのかまでは、知りようがなかった。
「内容の確認はできないよ。ただ整理するだけ。」
「じゃあ作業範囲を具体的に書いたほうがいいね。『いただいた名簿の重複項目と書式を整理して、六時までにお送りします』みたいに。」
もっともだった。なのに、なんだか人間じゃなくて小さな外注業者になった気分だった。
「そう書くと、それしかやりませんって感じじゃん。」
「やるつもりなのは、それだけなんだよね?」
「とりあえずは。」

GPTは作業範囲と締め切り時刻、追加修正の可否を分けて示した。私は三つ目の項目まで読んで手を止めた。挨拶を少し柔らかくしたかっただけなのに、契約条件を検討していた。
「見積書送るわけじゃないんだけど。」
「じゃあ範囲の説明は抜いて、『はい、六時までに整理してお送りします。』くらいに縮めてもいいよ。」
「そしたら、あれこれ追加で頼まれるかもしれないじゃん。」
「追加で頼まれたら、そのときの状況を見て断ればいいよ。」
誰の味方なの
私はじっと画面を見下ろした。GPTはいつも、次のことが起きたらそのとき対処しようと言う。もちろん、そのとき対処しなければならないのは結局私だった。
「そのときまた、こうやって相談しなきゃいけないじゃん。」
そのあいだに、名簿の列幅を整えた。電話番号の末尾が切れないように幅を少し広げ、タイトルを中央揃えにした。見た目がぐっとよくなった。ファイル名の後ろに「整理」と付けて保存した。
「今回の返信一回で、この先押し寄せる頼みごとまで全部防ぐのは難しいよ。今回の作業を引き受けるのか、引き受けるならどこで線を引くのか、まずそこをはっきり決めて。そうすれば返事も簡単になる。」
「やるって。最初からやるって言ってるじゃん。」
「うん。じゃあ引き受ける返信を送ればいいよ。」
「いったい誰の味方なの?」
「頼みを聞きつつ、理不尽に負担を背負い込まないように手伝ってるんだよ。」
「でも、言われたとおりに書いてると、頼む側ばっかり楽になる気がするんだよね。」
「相手に意図がすんなり伝わるのは、いいことだよ。」
私はしばらく口をつぐんだ。頼みは聞くけれど、私が都合のいい人には見えない文。それでいて、相手に『重荷を背負わせてしまった』とも思わせない、そんなちょうどいい文。
新しいトーク画面

スマートフォンが短く鳴った。
[お忙しいみたいですね。他の方も見てくださるそうなので、ひとまずファイルを送っておきました。お気になさらないでください。]
私は画面に出しておいたエクセルを見た。名前はきちんと並び、電話番号は切れておらず、いちばん下には総人数まで完璧に入っていた。
私はすぐにトーク画面を開き、コピーしておいた文を消した。
[いえ、私のほうでもうほとんど終わっていますので、残りを整理してお送りします。]
返事はすぐに飛んできた。相手はありがとうと言い、それならもう一人の方には自分から事情を説明する、と言った。
ふと嫌な予感がよぎった。「その人も、もうエクセルに手をつけていたらどうしよう?」
バージョン違いの名簿が二つ出回るのは最悪だった。
[連絡先をいただければ、私からお伝えします。その方が作業された分があれば、一緒にすり合わせます。]

相手は快く電話番号を送ってくれた。私は新しい番号を登録し、見知らぬプロフィールのトーク画面を開いた。カーソルだけが点滅する空っぽの画面をにらんでいたが、結局またGPTの画面に戻った。
「今度はその人に送る文も、ちょっと書いて。」
